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広島地方裁判所 昭和47年(行ウ)12号 判決 1976年3月16日

原告 坪山克己

被告 福山税務署長

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  双方の申立

原告は、「被告が原告に対して昭和四六年七月九日付でなした、(1)原告の昭和四二年度所得金額を七六九万三、〇〇〇円、所得税額を二九一万五、三〇〇円、無申告加算税額を二九万一、五〇〇円とする決定処分、(2)原告の昭和四三年度所得金額を三七一万四、〇〇〇円、所得税額を一〇五万四、九〇〇円、無申告加算税額を一〇万五、四〇〇円とする決定処分、(3)原告の昭和四四年度所得金額を二一七九万二、〇〇〇円、所得税額を一〇五三万三、七〇〇円、無申告加算税額を一〇五万三、三〇〇円とする決定処分はいずれも取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

被告は、主文同旨の判決を求めた。

二  原告の請求原因

(一)  被告は、昭和四六年七月九日原告に対し申立記載(1)ないし(3)の決定処分(以下、本件(1)ないし(3)の決定という)をなし、原告は、同月一二日その通知を受けた。

原告は、同年九月六日被告に対し右各処分について異議申立をしたが、被告は同年一二月三日異議申立を棄却する決定をし、同月六日原告に対しその旨の通知をした。

そこで原告は、さらに同月二八日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、三ケ月を経過した後も裁決がない。

(二)  ところで被告は、本件訴訟係属後の昭和四八年一月一〇日に、本件(1)の決定について、原告の昭和四二年度所得金額を七三九万円、所得税額を二七六万三、八〇〇円に更正し、無申告加算税を二七万六、三〇〇円に変更して本件(1)の決定を一部取消す旨の減額更正処分(以下、本件減額更正という)をした。

(三)  しかしながら、本件(2)、(3)の決定及び本件減額更正により一部取消がなされた本件(1)の決定は、いずれも原告が考案したビニール製畳表の実用新案権(登録番号五三八、六五六号、昭和二八年一一月一二日出願、昭和三六年六月一四日登録。以下、本件実用新案権という)の取得価額の認定、減価償却の規定の適用を誤り、ひいては昭和四二年度、昭和四三年度の所得及び昭和四四年度の一時所得の必要経費を過少に認定し、昭和四四年度の譲渡所得については、その取得費を認定しない等違法であるから、原告は本件各決定の取消を求める。

三  被告の答弁

請求原因(一)、(二)の事実は認めるが、同(三)は争う。

四  被告の主張

(一)  原告は、その所有にかかる本件実用新案権により、同新案権の侵害による損害賠償金等を取得し、また同新案権を有償譲渡して、昭和四二年分及び昭和四三年分につき雑所得、昭和四四年分につき譲渡所得及び一時所得があるにもかかわらず、当該各年分の所得税の申告をしていなかつたので国税通則法二五条、六六条一項一号に基づき別表一課税処分表のとおり決定処分及び賦課決定処分を行なつた。

(二)  原告の雑所得、譲渡所得及び一時所得の収支の計算は、別表二所得金額の計算表のとおりであるが、その内容は次のとおりである。

1  昭和四二年分収入について

(1) 原告は、三菱油化株式会社及び住友化学工業株式会社(以下はじめて記載するものの外、株式会社、有限会社なる文字を省略する。)から、各三〇〇万円を本件実用新案権の通常実施権許諾の対価の一時金として受領した。

(2) 原告が、内海化工株式会社、中備化工有限会社、小野熊商店株式会社、日本マトロン工業株式会社から使用料または特許料名義で受入れた各金員は、本件実用新案権の使用料である。

かりにこれらが損害賠償金であつたとしても、実用新案法一二条一項、二九条二項の規定により取得したものであり、実用新案権が正当に使用される場合の対価に代わる性質をもつものであつて、所得税法施行令三〇条二号、九四条一号に規定する収入金額に代る性質を有するから、業務の収入金額に算入されるべきものである。

(3) 原告は、丸登化成工業株式会社から同社の有する実用新案権の侵害排除の委任を受けて、その侵害等調査取締を実施し、その成果として丸登化成工業は、内海化工外二社から合計一五〇万円を受領し、原告は、そのうち六〇パーセントにあたる九〇万円を原告が行なつた侵害調査取締の報酬(手数料)として丸登化成工業から受領した。

2  昭和四三年分収入について

(1) 原告は、三菱油化から本件実用新案権の使用料として九〇万円を受領した。

(2) 原告は、1の(3)と同様に、丸登化成工業が、その所有する実用新案権の侵害費用として岡山県製簾工業協同組合外一社から合計七〇〇万円を受領したうち六〇パーセントに当る四二〇万円を実用新案権の侵害調査取締の報酬(手数料)として受領した。

3  昭和四四年分収入について

(1) 原告は、昭和四四年二月頃稲畑産業株式会社に本件実用新案権を合計四、二〇〇万円で譲渡した。

(2) しかるに、その後同新案権の移転登録が遅れたことにより原告が契約の更新などを要求したため、同年一〇月二三日に至り前記稲畑産業、三菱油化及び住友化学が、原告に対し実施料の追加請求をしないこと、登録実施の承認をすることを条件に、契約違反賠償金として一、〇〇〇万円を支払つた。

従つて原告の昭和四四年分の所得のうち、四、二〇〇万円が譲渡所得、一、〇〇〇万円が一時所得となるものである。

なお、原告は、畳表等の製造販売のかたわら、本件実用新案権等の工業所有権の試験研究開発を行なつていた者であり、原告の発明考案の業務は継続的に行なわれていたものではなく、その対価の収入も継続的でなかつたから、原告は対価を得て継続的に発明、考案を行なつていた者とはいえない。従つて、原告が受ける使用料等の対価は、事業所得に該当せず、雑所得(前記1の(1)ないし(3)、2の(1)、(2))または一時所得(3の(2))である。

4  昭和四二年分ないし昭和四四年分の必要経費について(減価償却による償却費を除く)

(1) 被告は、本件実用新案権にかかる必要経費の調査に際し、原告に対し関係書類の提出と説明を求めたが、原告は昭和四六年三月一二日付提出の届出書を提出したのみで、他に具体的な証拠書類の提出もしくは口頭説明をしなかつた。

そこで被告は、止むを得ず右届出書により原告の必要経費を算出することとし、届出書に記載された昭和四〇年から昭和四四年までの生活費を含む試験研究開発費の総額約一、〇〇〇万円を基礎とし、これより原告の居住する福山市が作成した標準生計費を基準として合理的に計算した原告の各年の推定生活費合計四四六万五、八八八円を控除した残である五五三万四、一一二円を昭和四〇年から昭和四四年までの五ケ年間の必要経費の総額と推定し、これを各年分の雑所得または一時所得の収入金額の比率によりあん分して求めた金額を各年分の必要経費の額と認定した。その算式は別表三のとおりであり、従つて原告の必要経費は昭和四二年分二〇六万九、七五八円、昭和四三年分一〇四万五、九四七円、昭和四四年分二〇五万三、一五六円である。

(2) また前記届出書に「譲渡契約に至るまでの調査、侵害取締り、訴訟関係その他の費用及び譲渡契約約五〇〇万円」と記載していたものについては、本件実用新案権の侵害の調査取締費用を包含しているものとみられるが、これをそのまま譲渡費用と認定した。

(3) 後記原告の反論する必要経費のうち昭和四二年分の(2)ないし(5)、昭和四三年分の(2)ないし(4)、昭和四四年分の(3)はいずれも否認する。

昭和四二年分の(2)、(4)、(5)、昭和四三年分の(2)ないし(4)は、いずれも被告が認定した昭和四二年分ないし昭和四四年分の必要経費及び昭和四四年分譲渡費用のうちに織込み計算されているものである。

昭和四二年分の(3)については、原告は、機械の販売を営む者ではなく、工業所有権によつて収入を得ていたのであるから、機械の引取りは本件実用新案権にかかる収入を得るために支出した費用には該当せず、従つて必要経費にあたらない。

また、昭和四四年分の(3)は食用きのこ菌に関するものであつて、その研究開発は本件には直接関係がないのみならず、その費用は昭和四五年以降に費されたものであるから必要経費とはならない。

かりに昭和四四年にその費用を支出したとしても、本来試験研究費用は仮払的性格を有するものであり、それが完成したときに繰延資産として償却されるものであつて、原告の主張するきのこ菌の試験研究は係争年中には未完成であり、従つて所得税法施行令七条一項本文括弧書に該当するものであるから、これを必要経費とすることはできない。

5  減価償却について

(1) 本件実用新案権は、所得を生ずべき業務の用に供することにより減価償却資産であり、その耐用年度は昭和三八年一二月三一日以前は七年、同三九年一月一日以降は五年である。

(2) 本件実用新案権の取得価額については、原告は、昭和四〇年六月一八日付届出書を被告に提出したのみであり、被告が求めても他の証拠書類の提出ないしは届出書の内容の説明をしなかつたため、被告としては右届出書の書類上の検討にとどめざるを得なかつた。

右届出書に記載された本件実用新案権の取得価額一億一、二一〇万円の内訳は次のとおりである。

(ア) 昭和三六年以来の特許出願費及び登録費一五〇件分

(一件平均二万円)     三〇〇万円

(イ) 昭和二六年以来一四年間の研究設備ならびに維持費

一四〇万円

(ウ) 合成樹脂化工機械及び装置費(押出機その他)

一二〇万円

(エ) 合成樹脂材料その他研究資料費

四〇〇万円

(オ) ビニール織機(自動、手動等約一五台分)

一五〇万円

(カ) 借入金利子その他  五〇万円

(キ) 旅費等       五〇万円

(ク) 過去一〇数年間の精神的肉体的消費見積額

一億円

(3) 被告においてその内容を検討した結果、右(2)の(ア)については、本件実用新案権に要する費用二万円を除いては取得価額に該当しないので残額二九八万円を否認し、(ク)については、旧所得税法(昭和二二年法律二七号)一〇条二項、一〇条の三第一項、現行所得税法(昭和四〇年法律三三号)三七条、四九条、同法施行令(昭和四〇年政令九六号)一二六条一項各号の各規定に照らし、研究のために特別に支出した費用にも、また本件実用新案権取得のために直接要した費用にも該当せず、従つて取得価額に該当しないから、これを否認し、その余の(イ)ないし(キ)についてはこれを否認すべき確実な根拠がないためそのまま認め、結局本件実用新案権の取得価額を九一二万円と認定したものである。

原告は、後記反論の中で(ク)の一億円には、本件実用新案権の製品の改良費及び市場開拓費ならびに右権利の侵害の調査、摘発、排除等を行なうに際し支出した経費が含まれており、これらは所得税法施行令一八一条にいう「資本的支出」に該当する旨主張するが、これらはいずれも本件実用新案権を売り込むため、またはその維持、管理のための費用であつて必要経費と認められるものであり、「資本的支出」には該当しない。

さらに原告は、原告本人の労務費も右一億円の中に含まれ、これは取得価額として考慮すべきである旨主張するが、本人の労務は、支出を伴わないものであるからこれを労務費として算出することはできず、従つて減価償却資産の取得価額に含まれないものである。

(4) 原告は、昭和三六年六月一四日に本件実用新案権を登録してその権利を取得し、これによつて業務の用に供することができたものであり、かつ本件実用新案権の侵害について、交渉を行ない、同年から昭和四一年までの間別表四のとおり毎年本件実用新案権等の実施料等の収入を得ていることから(もつとも本件実用新案権に基く収入は同表の<1>、<3>、<4>、<6>、<7>である。)、本件実用新案権は、昭和三六年六月における登録の時から所得の基因となり、または事業の用に供されたと認められるので、その減価償却期間の始めは昭和三六年六月である。

(5) しかして、本件実用新案権の取得価額を九一二万円、業務の用に供した日を昭和三六年六月一四日、耐用年数を昭和三八年一二月三一日以前七年、同三九年一月一日以後五年として、減価償却費を計算(定額法による)すれば、別表五のとおりとなり、本件実用新案権の取得価額は昭和四二年分をもつてすべて償却済となる。

(三)  ところで、被告は、本件実用新案権の減価償却費の耐用年数について、誤つて一率に五年として計算して本件(1)の決定をなしたため、改めて前記(二)5(5)記載の正当な耐用年数により減価償却費を計算し直したうえ、本件減額更正を行なつたものである。

(四)  原告の反論(二)の3の(1)は争う。

原告は、自己が第一次的に負担する申告納税義務(所得税法一二〇条、一二八条)を怠り、その提出にかかる昭和四〇年六月一八日付届出についても何らの説明をしないため、被告は止むを得ず国税通則法所定の期間内に原告の所得を認定して本件各決定をなしたものであつて、右決定は法定期間内に適法になされたものである。

また、前記昭和四〇年六月一八日付届出書は被告の要請により提出された資料であつて、国税通則法二条六号(イ)、(ロ)または(ハ)の記載がなく、納税申告書の要件を欠くから、納税申告書に該当するということはできない。

五  被告の主張に対する原告の答弁

(一)  被告主張(一)の事実のうち、原告が本件実用新案権を所有し、その侵害による損害賠償金等を取得し、また同新案権を有償譲渡したこと、被告が別表一課税処分表の(三)、(四)、(六)のとおり決定処分及び賦課決定処分をしたことは認めるが、その余は争う。

(二)  同(二)の1の(1)の事実のうち、原告が三菱油化及び住友化学工業から各三〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は争う。これらの金員は、原告が右両社との間に本件実用新案権の通常実施権の設定契約を締結した際に、両社よりそれぞれ交付を受けた契約の頭金である。

1の(2)の事実のうち、原告が被告主張の金員を使用料または特許料名義で受領したことは認めるが、その余は争う。原告は、内海化工外三社との間に生じた本件実用新案権の侵害をめぐる紛争を解決するため、和解金として四社より被告主張の金員を受領したものであつて、その性質は賠償金である。

1の(3)の事実のうち、原告が丸登化成工業から九〇万円を受領したことは認めるが、その余は争う。原告は、丸登化成工業を相手として広島地方裁判所尾道支部に対し本件実用新案権侵害による損害賠償請求訴訟を提起したが、昭和三九年頃示談が成立し、その示談条項として―同社の有する実用新案権及び原告の本件実用新案権の侵害の摘発を両者が行ない、その費用は原告が全部負担することとし、同社の所有する実用新案権の侵害の摘発によつて得た損害賠償金については、そのうち七〇パーセントを、同社が原告の本件実用新案権の侵害により原告に支払うべき損害賠償金の一部を充当することとした―原告受領の九〇万円は右示談条項に基いて原告が同社より交付を受けた損害賠償金である。

2の(1)の事実は認める。

2の(2)の事実のうち、原告が被告主張の金員を受領したことは認めるが、その余は争う。右金員は1の(3)についてと同様侵害調査取締の報酬ではなく、損害賠償金である。

3の事実のうち原告の昭和四四年分の所得が合計五、二〇〇万円であることは認めるが、その余は争う。原告は、昭和四四年二月末本件実用新案権を三菱油化、住友化学工業の立会のもとに稲畑産業に譲渡した。その代金は当初四、二〇〇万円であつたが、譲渡契約に基づく登録手続が前記三社間の内部事情により遅延している間に本件実用新案権の市場価値が上昇したため、譲渡代金を八〇〇万円追加することとし、結局原告は代金五、〇〇〇万円で本件実用新案権を譲渡したものである。

残二〇〇万円は、示談金である。すなわち原告は伊藤忠商事株式会社外一名を相手として岡山地方裁判所に対し本件実用新案権侵害による損害賠償請求訴訟を提起していたが、昭和四四年一一月頃その控訴審である広島高等裁判所岡山支部において裁判上の和解が成立し、右訴訟に利害関係を有していた住友化学工業が事実上これに加わつて示談金として原告に交付したものである。

原告が継続的に発明、考案を行なつてきたものではないとの被告の主張は争う。

被告の主張4の事実のうち、原告の必要経費として試験研究開発費が昭和四二年分二〇六万九、七五八円、昭和四三年分一〇四万五、九四七円、昭和四四年分二〇五万三、一五六円譲渡費用が昭和四四年分五〇〇万円存することは認めるが、その余は争う。

5の事実のうち、本件実用新案権が減価償却資産に当ること、その取得価額が少なくとも被告の認容額を下回るものでないこと、原告が別表四記載の金員を被告主張の者から受領したこと(但し同表記載の<12>の分を除く)は認めるが、その余は争う。なお、5の(2)の(ア)については、被告は当初これを本件実用新案権の取得価額に含まれると認めているのであるから、その撤回には異議がある。

(三)  同(三)の事実のうち、被告がその主張の内容による本件減額更正をしたことは認める。

六  原告の反論

(一)  原告の係争年分の必要経費(減価償却による償却費を除く)は、次のとおりである。

1  昭和四二年分について

(1) 昭和四二年分試験、研究、開発費 二〇六万九、七五八円

(2) 被告の主張(二)の1の(1)記載の原告と三菱油化、住友化学工業との設定契約締結費用 一〇〇万円

(3) 原告が、被告の主張(二)の1の(2)記載のとおり内海化工から九五万六、八一三円の損害賠償金の交付を受けるに際し、これと引換に同社に支払つた機械の引取代金 三一万円

(4) 前記―記載の丸登化成工業との示談条項に基づき、同社所有の実用新案権の侵害摘発費用として原告が同社に支払つた前渡金二〇万円及び原告が同社の権利侵害者との間の事件処理を委任した秀島弁理士に対し支払つた手数料 四〇万円

(5) 原告が、被告主張(二)の1の(2)、(3)記載の損害賠償金を得るために要した侵害の調査取締費用 一〇〇万円

2  昭和四三年分について

(1) 昭和四三年分試験、研究、開発費 一〇四万五、九四七円

(2) 前記丸登化成工業との示談契約に基づき、同社所有の実用新案権侵害者と同社の間での示談成立により成功報酬として秀島弁理士に支払つた金員 六〇万円

(3) 右示談契約に基づき、実用新案権の侵害の調査摘発等に要すべき費用の前払金として丸登化成工業に支払つた金員 八〇万円

(4) 原告が、被告主張(二)の2の(2)記載の損害賠償金を得るために要した侵害の調査取締費用 一〇〇万円

3  昭和四四年分について

(1) 本件実用新案権の譲渡費用 五〇〇万円

(2) 昭和四四年分試験、研究、開発費 二〇五万三、一五六円

(3) 原告が、工業用及び食用きのこ菌の培養、製造方法研究のため要した基礎調査費 二〇〇万円

なお、右調査費は、所得税法施行令七条一項二号の試験研究費に該当するから、繰延資産として必要経費に算入されるべきである。

(二)  減価償却について

1  本件実用新案権は、減価償却資産であつて、その耐用年数は、登録された昭和三六年六月一四日当時は七年、昭和四〇年四月一日以降は五年である。

2  しかして本件実用新案権は、自己の建設、製作または製造にかかるものであるから、その取得価額及び資本的支出は、建設等のために要した原材料費、労務費及び経費の額の合計額一億一、二一〇万円であつて、その内訳は被告の主張(二)の5の(2)記載の原告提出にかかる昭和四〇年六月一八日付届出書記載のとおりである。

なお、(ク)の一億円は、原告が構造学の研究、製造機の試作、製品の試作、本格実施の開拓、製品の販売、市場の開拓等に携わつた肉体的消費の労務費、発明という仕事の性質上要する多額の精神的消費の労務費、昭和四〇年六月までの一切の争訟費、本件実用新案権の維持、管理に要した費用(権利侵害の調査摘発に要した費用を含む)、本件実用新案権の製品の改良育成費等の合計額であるが、そのうち本件の労務費は、減価償却資産の取得価額に本人の労務費を算入することを否定する条文がなく、また資本と労働との合計額を取得価額とする取得価額の本質からして、これを取得価額に算入すべきであり、その余の費用は、本件実用新案権の価額を増加させるためにも支出された費用であるから所得税法施行令一八一条にいう資本的支出に該当するものである。

3(1)  原告は、昭和四〇年六月一八日付届出書を提出して、本件実用新案権の取得価額と昭和三九年一二月末日までの資本的支出の合計額を被告に明らかにした。しかして本件実用新案権は減価償却資産であり、利得を生ずべき業務の用に供される都度償却費として一定の金額が所得より控除されるものであるから、右届出書は、課税標準の重要な基礎をなす先決事項を記載したものであつて、国税通則法二条六号(ロ)または(ハ)の金額を記載した納税申告書と同様に処理されるべきものである。しかるに被告は、右届出書を六年以上も放置し、本件実用新案権の取得後一〇年を経過しても取得価額を認定せず、現在に至つて右届出書記載の金額を徒らに減額更正し、取得価額をはじめて認定するに至つたものであり、被告のかかる処置は国税通則法七〇条の趣旨及び信義誠実の原則に反し、許されないから、被告は右届出書記載の取得価額及び昭和三九年末までの資本的支出の合計額一億一、二一〇万円を否認し、争うことはできない。

(2) かりにそうでないとすれば、本件実用新案権はその取得価額及び再取得価額が明らかでないこととなるから、資産評価の基準の特例に関する省令(昭和二五年大蔵省令五四号)二条の規定の例により推定して求める外なく、その場合取得価額は同条一号の「当該資産について最も古い記録に記載された価額」によることとなる。

しかして、本件実用新案権の取得価額を記載した最も古い記録は、昭和四〇年六月一八日付届出書であるから同書記載の一億一、二一〇万円が本件実用新案権の取得価額となるべきである。

(3) かりに右(1)、(2)の主張が認められないとすれば、本件実用新案権の取得価額の算定については、無体財産権の評価方法として最も適切な収益還元法によるべく、相続財産評価に関する基本通達の線に沿つて決定されるべきである(同通達七章無体財産権一四〇、一四一、一四六)。

右の方法によれば、本件実用新案権の取得価額は

(ア) 昭和42年度の補償金額(300万+300万+95万6813+168万8051+48万+4万+90万)×1年後の年8分の利率による複利現価率(0.925)=930万9999円

(イ) 昭和43年度の補償金額(90万+420万)×2年後の年8分の利率による複利現価率(0.857)=437万700円

(ウ) 昭和44年度の補償金額(5000万+200万)×3年後の年8分の利率による複利現価率(0.793)=4123万6000円

の合計五、四九一万六、六九九円となる。

4  原告が本件実用新案権を「所得を生ずべき業務の用に供した」のは、昭和四二年九月から同四四年二月までであるから、必要経費に算入される減価償却費の額は、取得価額を一億一、二一〇万円とすれば

昭和四二年度は

11,210万円×0.2×4月/12月=約747万円

昭和四三年度は

11,210万円×0.2=2,242万円

昭和四四年度は

11,210万円×0.2×2月/12月=373万円

であり、従つて本件譲渡所得の金額の計算上控除する本件実用新案権の取得費は、取得価額一億一、二一〇万円から償却費の累積額約三、三六二万円を控除した約七、八四八万円である。

また、取得価額を3の(3)の五、四九一万六、六九九円とすれば、必要経費に算入される償却費の額は、前同様の計算により、昭和四二年度三六六万一、一一三円、昭和四三年度一、〇九八万三、三三九円、昭和四四年度一八三万五五六円となるから、本件実用新案権の取得費は、取得価額から償却費の累積額一、六四七万四、九九八円を控除した三、八四四万一、七〇一円である。

被告は、原告が昭和三六年六月から本件実用新案権を業務の用に供した旨主張するが、被告主張の別表四のうち<1>、<3>、<4>、<6>は、本件実用新案権を侵害したことによる損害賠償金ではなく、本件実用新案権を出願中に生じた紛争を解決するための解決金であり、同表の<2>、<5>、<7>、<8>、<10>、<14>は本件実用新案権とは無関係の特許権に関するものであり、また同表の<9>、<11>、<13>は本件実用新案権とは別個の特許権、実用新案権に関するものであつて、同表のうちその他のものは受領しておらず、要するに原告は本件実用新案権に関しては、昭和四二年九月まで何らの金員も受取つていない。かりに右<7>、<8>、<9>、<11>、<13>が本件実用新案権の使用契約金、使用料、技術指導料であるとしても、これらの収入から必要経費を控除した残額、すなわち所得は生じていない。

本件実用新案権は、いわゆる大量物であつて大企業的に実施しなければ経済的成果を挙げることはできないものであるところ、原告は昭和四二年九月五日に三菱油化との間で本件実用新案権の通常実施権の設定契約を締結し、これによつてはじめて大企業による本格的実施を行なうに至つたものであるから、原告は右昭和四二年九月五日より本件実用新案権を稲畑産業に譲渡した昭和四四年二月一九日までの間これを「所得を生ずべき業務の用に供した」ものである。

(三)  原告は、その所得を明らかにするため、被告に対し昭和四〇年六月一八日付届出書を提出した外、口頭により本件実用新案権の生成過程及びこれに要した費用等につき詳細に説明し、福山税務署担当係官より所得税の申告書を提出しなくてよいとの承認を得た。従つて、原告には期限内に所得税の申告書を提出しなかつたことについて正当な理由があるから、被告が原告に対し無申告加算税を賦課したことは、国税通則法六六条一項但書に違反し、違法である。

七  証拠関係<省略>

理由

一  請求原因(一)、(二)の事実及び原告が本件実用新案権を所有し、これにより損害賠償金等を取得し、またはこれを有償譲渡したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、以下本件決定の適否について検討する。

(一)  昭和四二年分収入について

1  まず原告が三菱油化及び住友化学工業から各三〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第四、第五号証の各一、二(第四号証の二については原本の存在も争いがない。)によると、原告は昭和四二年九月五日三菱油化に対し本件実用新案権の通常実施権を許諾する旨の契約を締結し、その対価のうち一時金として同月一二日頃三菱油化より三〇〇万円を受領したこと、また原告は同年一二月二〇日住友化学工業との間で同様の契約をし、同月二五日頃その対価のうち一時金として三〇〇万円を受領したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

従つて原告が三菱油化及び住友化学工業より受領した各三〇〇万円は本件実用新案権の通常実施権許諾の対価の一時金であるというべきである。

2  次に原告が、内海化工、中備化工、小野熊商店、日本マトロン工業から被告主張の金員を使用料または特許料名義で受領したことは当事者間に争いがない。

そこで右金員の趣旨について考えるのに、原告が特許料または使用料として内海化工外三社より被告主張の各金員を受領している以上、弁論の全趣旨に照らし他に特段の事情のない限り右金員は本件実用新案権の使用料または特許料として交付されたものというべきであるところ、これらが損害賠償金である旨の原告の主張に沿う証拠は存しないから、右金員は本件実用新案権の使用料または特許料であると認めるのが相当である。

3  また原告が丸登化成工業から九〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二一号証の二、原本の存在及び成立に争いのない乙第八号証の一、二、第九ないし第一一号証及び弁論の全趣旨によると、丸登化成工業は、昭和四二年四月一〇日原告との間で、同社の有する実用新案権(登録番号第五一八一三四号)にかかる権利侵害排除に関する権利の行使を原告に委任し、これに要する費用は原告が負担することとして、権利の侵害排除によつて同会社が得る収得金の六割を原告が取得する旨約したこと、これを受けて原告が、丸登化成工業の実用新案権に対する侵害の排除摘発に努めた結果、丸登化成工業は、昭和四二年四月二六日内海化工と、同年六月二七日中備加工と、同年七月二日川崎商会株式会社とそれぞれ実用新案権の実施許諾契約を締結することになり、その契約料もしくは実施料として右契約締結の頃内海化工より四五万円、中備化工より六〇万円、川崎商会より四五万円合計一五〇万円を受領したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかして原告が丸登化成工業より受領した九〇万円については、それが同会社において内海化工外二社より受領した合計一五〇万円の六〇パーセントに相当することを考慮すると、原告受領の九〇万円は、原告が丸登化成工業所有の実用新案権の侵害排除に努めた結果得た侵害調査取締の報酬であると推認するのが相当であり、右が損害賠償金であるとの原告の主張は採用し難い。

(二)  昭和四三年分収入について

1  原告が、三菱油化から本件実用新案権の使用料として九〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。

2  原告が、丸登化成工業より四二〇万円を受領したことも当事者間に争いがない。

前掲乙第八号証の一、二、原本の存在及び成立に争いのない乙第一二ないし第一四号証、第一五号証の一、二及び弁論の全趣旨によると、前記(一)の3と同様の趣旨により原告が丸登化成工業から委任を受けて同社の実用新案権の侵害排除に努める結果、丸登化成工業は昭和四三年三月二二日岡山県製簾工業協同組合に、同年二月二四日塩出ストロー株式会社に対し、それぞれ実用新案権の実施を許諾することになり、その実施料として右実用新案権実施許諾の頃岡山県製簾工業協同組合より六四〇万円、塩出ストローより六〇万円合計七〇〇万円を受領したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかして原告が丸登化成より受領した四二〇万円は丸登化成工業が岡山県製簾工業協同組合外一社から受領した合計七〇〇万円の六〇パーセントに相当することを考慮すると、右四二〇万円は前記(一)の3と同様、原告が丸登化成工業所有の実用新案権の侵害調査取締によつて得た報酬であると認めることができる。

(三)  昭和四四年分収入について

原告の昭和四四年分収入が合計五、二〇〇万円であることは当事者間に争いがない。

原本の存在及び成立に争いのない乙第二〇ないし第二四号証、第二五号証の一、二、第二六号証、第二八ないし第三一号証、証人藤井久寿生の証言及びこれにより真正に成立したものと認める乙第一六ないし第一九号証、乙第二七号証によると、昭和四二年当時ビニール製品業界と原告との間で本件実用新案権の侵害の有無について紛争が生じていたが、その解決として業界側において本件実用新案権を原告より買取ることとし、業界の中心である三菱油化、住友化学工業が主体となつて原告と交渉した結果、業界が原告に対し総額四二〇〇万円を支払うこととして、昭和四四年二月一九日業界の代表である稲畑産業と原告との間で本件実用新案権の譲渡契約が締結されたこと、右四二〇〇万円の支払方法については、主として原告の税金対策上、稲畑産業が支払う形式上の譲渡代金を二、四〇〇万円とし、三菱油化、住友化学工業が前記(一)の1で判示した本件実用新案権の実施許諾契約日以後、その買取に伴なう移転登録申請日までの特許実施料として各九〇〇万円を支払うこととし、それぞれ原告に対し右各金員を支払つたこと、ところで稲畑産業と原告との本件実用新案権の譲渡契約においては、移転登録申請日は昭和四四年三月末日と定められていたが、業界の一部において原告による本件実用新案権の取得を否認していたことから、業界内のまとまりがつかず、原告から稲畑産業への本件実用新案権の移転登録が遅延したこと、そこで原告において譲渡契約が無効である等の主張をしたため、業界では三菱油化及び住友化学工業が中心となつて再度原告と交渉した結果両会社と原告との間で、前記譲渡契約が有効であることを前提としたうえ、稲畑産業が原告に対し譲渡代金とは別に一、〇〇〇万円を支払うこと、原告は三菱油化及び住友化学工業に対し過去及び将来における本件実用新案権の特許実施料(ランニングロイヤリテイ)の支払を請求しないこと、原告は、稲畑産業による本件実用新案権の移転登録の実施を承認すること等を内容とする合意が成立したこと、これに基づいて稲畑産業は昭和四四年一〇月二三日原告に対し一、〇〇〇万円を支払つたことが認められ、右認定に反する甲第一三号証の二(原告の昭和四六年三月一二日付届出書)及び原告の本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし、信用できないし、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

右認定事実によると、原告が稲畑産業、三菱油化及び住友化学工業から交付を受けた四、二〇〇万円は、業界と原告との交渉の経過、右金員の支払名目を分割するに至つた理由からみて、本件実用新案権の譲渡代金と認めるのが相当であり、残一、〇〇〇万円は、原告と稲畑産業との間における譲渡契約の違反をめぐる疑義を解消するため、原告が交付を受けた損害金であるということができる。

(四)  以上要するに原告の収入は、昭和四二年分が一、〇〇六万四、八六四円、昭和四三年分が五一〇万円、昭和四四年分が五、二〇〇万円となる。

(五)  ところで、右原告の収入の性質について考えるのに、成立に争いない甲第二ないし第八号証、証人藤井久寿生の証言及びこれにより真正に成立したと認める乙第四七号証によると、原告は、昭和二二、三年頃より畳表、ビニール籠等の製造販売に従事し、傍ら畳表、敷物、自動織機の改良等工業所有権の試験研究を行なつてきたことが認められ、右認定に反する原告の本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、原告は、自己の危険と計算において独立しかつ継続的に発明考案の業務に従事していたものということはできないから、原告の収入をもつて、所得税法二七条一項、同法施行令六三条一二号にいう対価を得て継続的に行なう事業によつて得たということはできず、従つて昭和四二年分及び昭和四三年分の本件実用新案権の通常実施権許諾の対価の一時金、使用料及び侵害調査取調の報酬((一)の1ないし3、(二)の1、2)は、雑所得(所得税法三五条一項)に該当し、また本件実用新案権の譲渡による収入((三))は譲渡所得(同法三三条一項)に、本件実用新案権の譲渡に伴なう移転登録が遅延したことによる損害金((三))は、一時的な契約違反によつて得たものであるから一時所得(同法三四条一項)に、それぞれ該当することになる。

(六)  昭和四二年ないし昭和四四年分の必要経費について(減価償却費を除く)

1  原告の試験、研究、開発費として、昭和四二年分二〇六万九、七五八円、昭和四三年分一〇四万五、九四七円、昭和四四年分二〇五万三、一五六円、譲渡費用として昭和四四年分五〇〇万円の、各必要経費が存することは当事者間に争いがない。

原告は、右の外、必要経費として認定されるべきものが存する旨主張するので、以下その存否について判断する。

2  原告が必要経費と主張するもののうち、昭和四二年分の(2)、(4)、(5)、昭和四三年分の(2)ないし(4)については、原告の本人尋問の結果のうちには、これらの金員を支出したかの如き部分が存するが、それによつても、その支出金が当事者間に争いのない前記試験研究開発費とは別個のものであると認めるには十分でなく、他に原告主張の右支出金員が前記試験研究開発費とは別個に支出されたものであることは原告において何ら立証しないから、これらの支出金員をもつて被告の認定した以外の必要経費であるとすることはできない。

3  また、原告が昭和四二年に内海化工に支払つたと主張する機械の引取代金三一万円については、原告の本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認める甲第一七号証によりこれを認めることができるが、原告が機械の販売を営む者であればともかく、前記二の(五)で認定したように、原告は、畳表等の製造販売を営む傍ら、本件実用新案権を考案してこれによつて収入を得ていたものであるから、原告が支出した機械の引取代金は、本件実用新案権にかかる収入を得るために直接要した費用または所得を生ずべき業務について生じた費用(所得税法三七条参照)ということはできず、従つて右三一万円をもつて本件実用新案権に基づく収入についての必要経費とすることはできない。

4  次に原告が昭和四四年分の必要経費として主張するきのこ菌の基礎調査費二〇〇万円については、これを支出した旨の原告の本人尋問の結果が存する。そして右基礎調査費は、本来所得税法施行令七条一項二号にいう試験研究費に該当するものである。ところで、試験研究費は当該試験研究にかかる製品もしくは製造方法が成功するか否かが不明であることから、資産として計上することもできず、また直ちに当年分の費用とすることもできないという支出であつて、本来仮払的性質を有するものであり、それ故にこそ繰延べ計算されるものであつて、試験研究費の支出の効果が当該試験研究にかかる権利取得の時までに及ぶことがない場合には、その支出額は当該権利が取得された時点においてその取得価額を形成することとなり、権利取得の時までに試験研究費の支出の効果の及ぶことが生じた場合は繰延資産として償却することとなる。ところが原告のきのこ菌に関する試験研究が昭和四四年中に完成したと認めるに足りる証拠はなく、また、原告がきのこ菌に関する権利を取得する以前に右試験研究により収入を得たことを認めるに足りる証拠もないから、原告主張のきのこ菌基礎調査費は仮勘定のまま全額繰延べられるべきものであつて、これを昭和四四年分の必要経費に算入することはできない。

5  以上要するに、被告が必要経費として認定した額以外に原告が主張する額はこれを必要経費として認めることができない。

(七)  減価償却費について

1  本件実用新案権が減価償却資産であること、その取得価額として少なくとも本件実用新案権の出願費及び登録費二万円、研究設備ならびに維持費一四〇万円、合成樹脂化工機械及び装置費(押出機その他)一二〇万円、合成樹脂材料その他研究資材費四〇〇万円、ビニール織機(自動、手動等約一五台分)一五〇万円、借入金利子その他五〇万円、旅費等五〇万円が存することは当事者間に争いがない。

2  原告は、被告は当初、原告のなした昭和二六年以来の特許出願費及び登録費一五〇件分(一件平均二万円)合計三〇〇万円を本件実用新案権の取得価額と認めていたのであるから、その撤回に異議がある旨主張するが、本件実用新案権の取得価額として認定し得るのは、その取得のために要する価額であることはもちろんであるから、原告の要した特許出願費及び登録費のうち本件実用新案権の取得価額たるべきものは、本件実用新案権に関する出願費及び特許費二万円のみであつて、それ以外の出願費及び登録費をもつて本件実用新案権の取得価額とすることはできないから、被告の自白は、真実に反しかつ錯誤に出でたるものであると認めることができ、従つてその撤回は許されるものというべきである。

そうすると、原告の主張する出願費及び登録のうち、本件実用新案権の取得価額となるものは一件分二万円に過ぎないことになる。

3  原告は、さらに被告が取得価額として認定した以外に原告の肉体的精神的労務費、争訟費、本件実用新案権の維持管理に要した費用、本件実用新案権の製品の改良育成費等の合計額一億円が資本的支出または取得価額として認定されるべきである旨主張するが、争訟費、本件実用新案権の維持、管理に要した費用、及び改良育成費については、これを支出した旨の原告の本人尋問の結果は、それによつてもその具体額が不明であることからにわかに信用できないし、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

また、原告本人の肉体的、精神的労務費については、原告が本件実用新案権の取得及びその実施に際し多大の労力を費したことは想像に難くない。ところで現行所得税法は、資産の取得に要した費用を取得価額に算入し、これを所定の方法で減価償却していく制度を採用しているが、これは期間計算を前提とした費用配分の考え方に立脚するものであつて、これにより当該資産の価値の減少額を、資産の使用によつてあげた収益に負担させ、納税負担の便宜を図ることを目的とするものである。つまり取得した財産(減価償却資産)に基づいて継続的収入が得られることに鑑み、一時点で支出した費用をその時点の属する年度の必要経費としてその年度の収入金額から差引くことなく、一定程度減価償却資産によつて収入を得べき将来の年度に繰延べて、その段階で必要経費として収入金額から差引くこととするものであり、それによつて課税標準額を安定させることができるのである。このような減価償却制度の目的及び趣旨からすれば、取得価額として減価償却していくべきものは、必要経費性を有するものに限られるというべく、従つて自己の労務費を必要経費と認めていない現行法の下においては、必要経費性を有しない自己の労務費見積額を減価償却すべき取得価額に算入することはできないから、これを取得価額として認定すべきであるとの原告の主張は理由がない。

4  以上によると、本件実用新案権に関する原告の取得価額は、被告の認定した合計九一二万円を上回るものではないということができるから、本件実用新案権の取得価額が一億一、二一〇万円または五、四九一万六、六九九円であるとの原告の主張は、採用できないこととなる。

また原告は、被告の主張は国税通則法七〇条の趣旨及び信義誠実の原則に反すると主張するが、成立に争いのない甲第一三号証の一の一、証人土肥暁美の証言によれば、原告の昭和四〇年六月一八日付届出書(甲第一三号証の一の一)は、被告の求めに応じて提出された所得税額算出の資料であることが認められるし、右届出書を通読するもその記載は国税通則法二条六号ロ、ハにいう課税標準から控除する金額または純損失等の金額を記載したものということはできず、その他の納税申告書の要件も充たさないから、右届出書が納税申告書ということはできないし、また国税通則法七〇条にいう五年の期間制限は、課税標準等または税額等に関する更正または賦課決定に関するものであり、課税標準額等の計算の根拠となる額についての計算については、適用されないというべきであるから、同条を根拠として被告のなした減価償却費の計算を違法ということはできないし、右計算をもつて信義誠実の原則に反するものと認めることもできない。

5  そこで進んで原告が本件実用新案権を業務の用に供した日について考えるのに、成立に争いのない甲第一号証、乙第三二号証、第三五号証、第三七号証(乙第三二号証、第三七号証については原本の存在も争いがない)及び弁論の全趣旨によると、原告は、昭和三六年六月一四日に本件実用新案権を登録してその権利を取得した後、その侵害の摘発、排除に努め、同年から昭和三八年までの間に、被告主張の別表記載<1>、<3>、<4>、<6>のとおり本件実用新案権に関連して収入を得たことが認められ、右認定に反する原告の本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、原告は、本件実用新案権を登録した日以後、その侵害につき交渉をなし、これによつて和解金等の収入を得ているのであるから、本件実用新案権は、その登録の日より所得を生ずべき業務の用に供されたものと認めるのが相当である。

6  しかして本件実用新案権の耐用年数は、固定資産の耐用年数等に関する省令(昭和二六年大蔵省令五〇号)一条別表三、固定資産の耐用年数等に関する省令の一部を改正する省令(昭和三九年大蔵省令二五)別表九、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年大蔵省令一五号)一条別表三により昭和三八年一二月三一日以前は七年、昭和三九年一月一日以降は五年であるから、前記認定した本件実用新案権の取得価額及び本件実用新案権を業務の用に供した日を基準として、減価償却費を所得税法施行令六条八号、一二〇条一項三号により定額法で計算すると、別表五のとおりとなり、本件実用新案権の取得価額は、昭和四二年分の三〇万二、四八〇円をもつてすべて償却済となる。

三  しかして、原告の昭和四二年分ないし昭和四四年分の所得控除額が別表一課税処分表のとおりであることは原告において明らかに争わないから自白したものとみなすべく、前記認定した原告の昭和四二年分ないし昭和四四年分の収入金額及び必要経費(昭和四二年分の減価償却費を含む)を基礎として原告の所得金額を計算すると、課税総所得金額は、昭和四二年分七三九万円、昭和四三年分三七一万四、〇〇〇円、昭和四四年分二、一七九万二、〇〇〇円、これらに対する算出税額は、昭和四二年分二七六万三、八〇〇円、昭和四三年分一〇五万四、九〇〇円、昭和四四年分一、〇五三万三、七〇〇円となり(昭和四二年分の税額計算につき、昭和四三年法律二一号による改正前の所得税法八九条、所得税法の一部を改正する法律(昭和四二年法律二〇号)附則三条、昭和四三年分のそれにつき、昭和四四年法律一四号による改正前の所得税法八九条、所得税法の一部を改正する法律(昭和四三年法律二一号)附則三条、昭和四四年分のそれにつき昭和四五年法律第三六号による改正前の所得税法八九条、所得税法の一部を改正する法律(昭和四四年法律一四号)附則三条)また無申告加算税額は昭和四二年分二七万六、三〇〇円、昭和四三年分一〇万五、四〇〇円、昭和四四年分一〇五万三、三〇〇円となる(国税通則法六六条一項)。

四  なお、原告は、被告より申告書の提出を要しない旨述べられたのであるから、申告書を提出しないことにつき正当な理由があり、従つて被告が原告に対し無申告加算税を課したのは違法である旨主張するが、これに沿う原告の本人尋問の結果は、証人土肥暁美の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第四三号証の一ないし一一、証人藤井久寿生、同土肥暁美の各証言に照らし、信用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて右各証拠によれば、原告の所得税調査を担当した福山税務署員は、申告書の不提出を承認していないことが認められるから、原告には、申告書不提出につき正当な理由があるということはできないから、被告が無申告加算税を課したことは適法である。

五  以上の説示によると、本件(1)の決定は本件減額更正によつて維持された限度において、本件(2)、(3)の決定は当初の処分についていずれも違法がなく、適法であるということができる。

よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森川憲明 下江一成 山口幸雄)

別表<省略>

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